「桶狭間古戦場」を訪れたので、桶狭間の戦いについて調べてみた。
桶狭間の戦いについて
永禄3年(1560年)、海道一の弓取りと言われ、遠江・駿河で大勢力を誇っていた今川義元に、尾張を統一したばかりの織田信長が勝利した戦い。
信長公記によると、5月17日、今川義元は沓掛(愛知県豊明市)に布陣し、19日には4万5千の兵が桶狭間山で休息をとっている。
明け方に鷲津砦、丸根砦が今川方の攻撃を受けているとの情報が入ると、一転信長は飛び起き「敦盛(人生50年~)」を舞うと、鎧をつけて出陣した。
信長は善照寺砦で2千から3千
丸根砦では大将佐久間盛重が戦死、鷲津砦も陥落した。今川軍は沓掛を出て、大高方面に進軍する。
初戦での勝利、二つの砦の陥落に沸く今川義元は「満足これにすぎるものはない」と謡を3番うたったという(信長公記)
桶狭間の戦いには信長がここを狙って奇襲を仕掛け、見事義元を打ち取った「奇襲説」が有名だった。
桶狭間古戦場伝説地と桶狭間古戦場公園は離れてはいるが、どちらも駅から徒歩で移動可能。疲れたら路線バスを活用するとよい。
感想
桶狭間は、大半が住宅地となっており、跡地から跡地までが歩きづらいのが難点。しかし、当時とそれほど地形の変化がなく、「この街道を信長の軍勢が通ったかもしれない」と思いながら歩くのは楽しい。住宅地も山を切り開いて作られているようで、勾配が割と残っている。ヒールは高すぎない靴がおすすめ。私は5cmのヒールがある厚底のエナメルローファーを履いて行った。普段一日約5km歩く私にとってはなんてことない坂道だったが、歩かない人にはつらいだろう。歩くことが億劫や苦手と感じる人は、ぜひ桶狭間古戦場公園だけでも訪れてみて欲しい。先程いた桶狭間古戦場伝説地の展示の前に立って見渡すと、大河ドラマ「女城主直虎」でも描かれた井伊直盛の陣をはじめ沓掛城など、当時の地形を模したジオラマ展示が魅力的だ。
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